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これからも歩く道

さっきまでSさんと僕の家で飲んでいた。

はじめはテレビを見ながらのんびりと飲んでいたけど、さて、何か映像を流そうという段になり、「あまり刺激が強くない映像」というSさんのリクエストに応えるため、DVDのライブラリを漁る。加護ちゃん好きのSさんのことだから、辻加護の映像を見ても、(加護ちゃんがいなくなったあとの)辻ちゃんソロの映像を見ても、どっちにしろ凹むだろうから、そんなリクエストに応えられる映像なんてないなぁと思っていたんだけど、ふと、ブレーメンのDVDがある事に気づいた。このDVD、買ったはいいけれど、今まで一度も見ていないDVDだった(もちろん、テレビ放送を録画したビデオテープは何度も見たけれど)。かくして、辻ちゃんソロの映像で、合理的に加護ちゃんが映っていないブレーメンを見る事になった。

ブレーメンのころの辻ちゃんは、確か16才。辻ちゃんに限らず、人間は変化して、成長していくものだから、過去のことを取り立てて言われるのは、過去の自分が今の自分と同一に言われるのは、あまり嬉しくない事だろう。焼きそばが食べれなくて泣いていた辻ちゃんと今の辻ちゃんは同じであって同じでないだろうし、ブレーメンのころの辻ちゃんだって今の辻ちゃんと同じであって同じでないだろう。いつまでも初期ミニモニ。のイメージで自分を語られるのも、そんなに嬉しい事ではないだろう(もしかすると、辻ちゃんの事だからあんまり気にしていないかな・・・というのはあるけど)。ただ、僕らはどの世代の辻ちゃんからもたくさんのものを貰ってきて、どの世代の辻ちゃんも大大大好きで、いつまでたってもどの世代の辻ちゃんの事も、酒を飲むたびに友人と話に花を咲かせる事と思う。そんな各世代の中でも、とりわけこのころの辻ちゃんは、娘。在籍末期の辻ちゃんは、ほんとうに辻ちゃんらしいなぁと、まぁブレーメンという作品が素晴らしかった事もあるし、髪型が僕の好みだったとか細かい事もあるけれど、辻ちゃんオブ辻ちゃんだなぁという気がする(1週間後には違うことを言っているかもしれませんが)。

それにしても、新しい命が生まれて、新しい世代につながっていく今日この日に、世代を超えてつながっていく物語であるブレーメンのDVDを(初めて)見る事になったのは何かの運命なんじゃないかという気すらする。DVDに封じ込められていた16才の辻ちゃんは、美しく、かわいく、まごうことなく辻ちゃんだった(ちなみにSさんは僕の配慮もむなしく、予告のほんの短い間の加護ちゃんの映像で泣いていた)。

辻ちゃんフォーク
辻ちゃんフォーク
辻ちゃんフォーク

辻ちゃんだけじゃなく、お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんたちも、もちろんフォークの友人たちも、みんな素晴らしかった。僕は今後、本田博太郎がどんな仕事をしても、辻ちゃんのお父さんとしてしか見る事ができないと思う。

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ヘタクソでも、出来損ないでも、一番好きな事を一生懸命やってるのが一番カッコいいんだ


劇中のけんぼう(幽霊)の言葉。すげー青臭い。青臭いけど、そうかもしれないなぁ、なんて思った。

信じるとか、信じないとか、あるいはあの子のためだとか、いやそれはごまかしだとか、そういったものをすべてひっくるめて、全部否定するのでもなく、全部肯定するのでもなく、その時に考えた事を、その時に思ったことを、その時に感じた事を、自分にできる範囲で、あるいはほんのちょっぴり、そして時には精一杯、やっていくことが、僕にできる唯一の方法だと思う。だから今、心がこわばっていても、気にしないようにする。来るべき時がくれば、動き出すはずだから。
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無題

Kくんと、生まれるなら男の子がいいよねー、女の子だと心配だよねー(僕もKくんも、もし自分が結婚して娘ができたら、たぶんめちゃくちゃ箱入りにするタイプ)、なんて話をしていたんですが、無事に女の子が生まれたようで。「子供が子供を産む」ってのは、ディスる意味ではなくて、まぁ本当にその通りだなぁと、しみじみと思います。辻ちゃんの子供は、もちろんこれからどういう方向にか育って(辻ちゃんに育てられて)いくわけですけど、辻ちゃん自身もお母さんとして育っていくわけですね。まぁあの家族(両親)なら、辻ちゃんも子供も、あったかく育ててくれる事でしょう。

しかしまぁ、僕も30歳になるんですけど、自分が好きだった(今でも好きですけど!)女の子が子供を生んだって話を聞くのは初めてかもしれない。といっても、モニタに向かっているこの状況では、リアリティもなにもなくて、何の実感もない。結婚したって実感だって、いまだによくわからないんだから、その先の事なんてどうしたって体に入ってこない。ただただ、普通に「生まれた」ってニュースが流れたってことは、母子ともに特に変な事にならず、無事だったんだなぁと、ほっとしました。

それにしても・・・「希空(ノア)」って、どこのDQNだよ!(笑)

まぁ辻ちゃんの名前から1文字入れたかったのかもしれないなぁと思うけど。どっからノアってでてきたんだろう。ノアといえば、方舟?それとも「ノアだけはガチ」?あるいは僕らの世代だとブライトさんとか泉のところのノアちゃん?

でも、何度も「ノア」って音を口にしてみると、字さえもうちょっと普通なら(せめて「希明」くらいだったら・・・やっぱこれもおかしいな)、とってもいい響きの名前じゃないかという気がしてきた。

まぁとにかく、辻ちゃんも、お子さんも、元気でいてくれれば、それが一番です。もうそう思うしか道は残されていない。

辻ちゃん愛

書くべきではないかもしれないけど・・・

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辻ちゃんの旦那が良くテレビに出ている。あるいは取材されている。決まって嫁の話をネタにする。ここぞとばかりに売り込む事務所。それに応えるマスコミ。ネタがつまらなくなれば、飽きられれば、すぐさま切り捨てられるだろう。まるで自転車操業。辻ちゃんがもっともくだらない方法で消費される。悲しい。

と、思っていたんだけど。

旦那の露出には、違う意図が働いている”かもしれない”ことを知った。それはまさしく辻ちゃん愛だった。もちろん本当のことはわからないし、過程がどんなに素晴らしくても、結果は結果だ。だけど、まだまだ世の中には辻ちゃん愛があると信じてもいいのかなぁと思った。それがいつかまたなんらかのカタチになればいいなと思う。

Falling Free

辻ちゃんが挙式したそうで。おめでとうございます。軽井沢ですか。いいとこだよね。行ったことないけど。でも辻ちゃんにはハミルトンアイラインドで式を挙げてほしかったなぁ。ごっちんも「グータン」でハミルトンアイランドで式を挙げるのもいいなぁなんてことを言ってたし。ハミルトン・・・あそこだけはいつか行ってみたいと今でも思う。

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辻ちゃんのウエディングドレス。かわいいんだろうなぁ。たぶん、"キレイ"じゃなくて"かわいい"んだろうなぁ。辻ちゃんだもの。辻ちゃんの結婚を聞いたとき、僕は「(最後に)辻ちゃんの花嫁姿だけは見たい!」と言った。べつに強がってたわけじゃなくて、あのころは本気でそう思ってた。たぶん。けど、今はちょっと違う。やっぱり怖い。辻ちゃんの晴れ姿だと思っても、やっぱり見る勇気がない。みたらたぶん発狂すると思う。これは辻ちゃんがどうこうってことじゃなくて、僕自身の話。

あのあとで色々考えたり考えなかったりしたけど、結局落ち着いたのは"さみしい"って感覚。さみしかった。今もさみしい。なんでさみしいのかはわからない。あえなくなったってことが一番大きいのかな。辻ちゃんの近況がだんなさんの口から語られることが多くなったってのもあるかもしれない。とにかく、さみしい。

Ah 人はいつも 人はいつも 人はいつもさみしい
なぜだろう? たまにそう思う


大大大好きで、聴くと楽しい気持ちになれた「Yes!しあわせ」も、あのころからなんだか悲しく聞こえてくるようになった(今でもよく聴くけれど)。「マジ夏すぎる」を聴くときと同じ感覚。しあわせの次に訪れる悲しさをどうしても意識してしまう。さみしい。

*****

このさみしさは、大きくなったり小さくなったりするというよりも、ただただ、深く沈んでいくような感じだ。音も光もない深海へと沈んでいくようだ。情景だけで言えば、坂本真綾の「DIVE」に近いかもしれない。これはたしか処女喪失の歌だった。

このまま海の底まで 息もつがずに 泳いでゆくようだと
あなたを愛しながら 私はもがいてた
澄んだ目をした魚や 光る泡が夢のように生きていて
でも水は凍るように冷たく 意識も薄れた

どうしても愛されたい
どうしてもあなたが…あなたの心が欲しい
そのためなら 傷ついたってかまわない
つらくても泳ぎきるの 深く暗い海底 そこには
美しい景色が きっと待ってるから


歌の中の女の子は、海底に希望を持っていて、この後実際に海底に到達する。そして海底の真実を知る・・・。でも僕はもう海底に希望なんてないし(辻ちゃんが好きだってことは全然変わってないけど!)、もがくこともしないだろうし、おそらく海底に到達することはないだろう。たぶん永遠に等速度で沈んでいくんだと思う。落下が永遠になってしまった瞬間、もはや深さは問題ではない。実際に深さ(さみしさ)が大きくなった感じもしない。ただ、ずーっと、ずーっと、沈んでいく感覚はあるし、これからも沈んでいくんだろうなぁと思う。

*****

沈んでいくこと・・・。しかも深海のような静かなところで沈んでいくこと。あるいは落下すること。永遠に。そんなことを考える。他に何かあっただろうか。例えばスカイダイビング。決してパラシュートを開かずに永遠に落ちていくスカイダイビング。これはちょっと違う気がする(むしろ気持ちよさそうだ)。イメージ的には宇宙空間での当てのない等速直線運動に似てるんだけど、宇宙空間で落下するというビジョンがわかない。と考えたところで気がついた。宇宙でも落下し続けている(ビジョンがわく)ものがあった。月や人工衛星だ。

僕は人工衛星になって、辻ちゃんに向かって落下し続ける。その距離は(大まかに)変わることはないし、落ちることに終わりはない。いつまでも辻ちゃんの周りを落ち続けていく。ずっと、ずっと。それでも、いつかあるとき、僕が何らかのエネルギーを放出することができれば、辻ちゃんを離れて外宇宙に向かっていくこともできるだろうし、あるいは本当に辻ちゃんに向かって落ちていって辻ちゃんに達する前に燃え尽きることもできるだろう(もちろん、あえて辻ちゃんの周りを回り続けることもできるだろう)。どれを選ぶにしてもきっと、自分の意思で。でもそれを考えるのは今じゃない。今はただ落ち続けていればいい。そう思える気がする。辻ちゃん。

今日から

今日から合法的に辻ちゃんとビールが飲める。なんて素晴らしいんだろう。今日から、そうだ、今日からだ。神様、仏様、あとなんでもいいや、とにかく、ありがとうございます。

ビールはある。友達を呼ぶ準備もできてる。あとは、鉄板と返しをどこかから手に入れれば良いのかな。早く辻ちゃんとビールを飲みながらお好み焼きが食べたい。

Appendix

shimmycap

shimmycap

緑偏愛者。3度の飯より緑が好き。その次に、ビールと宇宙とファンクが好き。

そして、彼女達が好き。

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