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恋は桃色


恋は桃色。いい曲ですよね。結構色々な人がカバーしていているみたいで、サニーデイのカバーなんかもいいですよね。染みます。でも僕は、ザ・ディランIIのカバーが一番好き。まぁもともとザ・ティランIIが好きだってのもありますけれど。美しい男声です。

ザ・ディランII「恋は桃色」

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日本に戻ってきて最初にふれたハロー関連モノはCDとかDVDじゃなくてさゆの写真集『蒼蒼』で、酔っぱらって見たっていうのもあるけど、かなり衝撃的だった。今もちょっと覚悟しないと正対できない。写真集はやっぱり、制服だとか水着だとか、髪型がどうだとか、芸術路線かかわいい路線かとか、そういうことも枝葉としては重要だけど、やっぱり空気だと思う。オーラというか。そういうのがばっちり出ていると、ハハーすいませんでした、となってしまう。部屋にいる時はたいていTシャツにトランクスだけれど、精神的には裃でも着て居住まいを正したような気分になる(もちろん裃なんて着たことないですけど)。『蒼蒼』はまさにそんな写真集だった。

数日経って、同じくAmazonから届いて部屋に積んであった梨沙子の3rdとアイリーンの2ndを見たけれど、これはなんとなくイマイチだった。空気が出ていなかった。2ndや1stのほうが僕の好みだった。全部が全部ではないけれど、やはりワニブックスから出ている本の方が、キッズネットの本よりも良いような気がする。なんとなくですけど。

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何日か前、東京で友人と飲んでいる時、「そういえば桃子の写真集ってもう買えるんじゃない?(明日発売じゃなかったっけ?)」という話になり、酔っぱらった友人が近くの本屋に買いにいった。僕はまだ本の手配をしていなかったので、「売ってたら自分の分もお願い」と都合のいいことを言った。すると、どうやら本当に売っていたらしく、居酒屋のテーブルに2冊の『momo16』がやってきた。偶然ではあるけど、またしても酔っぱらって女の子の写真集を開封することになってしまった。

桃子の1stはワニブックスで、ある意味凄い写真集だったけれど、まぁそれは桃子が凄かっただけで、女の子の写真集としては残念な内容だった。そして2ndはキッズネット・・・。確かに表紙は素晴らしい。素晴らしいけれど・・・僕は何の期待もせずに、写真集の封を切った。

momo16

もう本当の本当に、何も言うことはなかった。素晴らしかった。そして、もはや美しかった。嗣永さんすいませんでした。


momo16
美しいオーラ!

しかも、表層的なものじゃなくて、体内からにじみ出ているようにすら感じる。特別じゃない気がする。あたりまえな気がする。なんなんだろう。いつからこんな子になったんだろう。わからない。というかもうだいぶ前からとっくにわからなかった気がする。ずーっと置いていかれっぱなしだ。というかそもそもわからなくなるほど彼女のことを何か知っていただろうか。かつては知っていた気がするんだけれど、それすらもあやしくなってしまった。

momo16
どうみてもこの子は幸せになるだろう。もはや既に幸せかもしれない。それは僕も望むところだ。でも、桃子が幸せになると、僕が幸せになれない・・・気がする。そしてできれば、僕も幸せになりたい。

おまえの中で 雨が降れば
僕は傘を閉じて 濡れて行けるかな
雨の香り この髪のくさみ
空はねずみ色 恋は桃色


あの頃は一緒に濡れていれば幸せだった気がする。僕が一方的に幸せだった。もはや雨は降らないんだろうか。それとも僕が雨に気がつかなくなってしまっただけだろうか。あるいは二人が一緒に幸せになれるような何か凄い方法があるんだろうか。Berryzはその答を知っているだろうか。Buono!はその答を知っているだろうか。もしも答があるならば、それを知る代償として何を捧げれば良いだろうか。
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巧みの技

ゲキハロ(日曜昼)見てきました。今日はちょっと劇の話(というか桃子の話)を。

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こころのたまご、ホントのじぶん

「こころのたまご」かわいいなぁ。久々に歌詞カードを手に取らせるような曲でした。普段、歌詞カードを見ることはあまりないので。しかし桃子がかわいい。あ、かわいい、っていうのはちょっとちがうな。やさしい、かな。桃子やさしい。”♪すなおになりたいんだけどな”とか”♪ドルゥ ドロゥ ドロゥン"とか、光射す庭というか、日溜まりのような、ふわっとした暖かさ、穏やかさ、そんなものを感じる。そういえば「VERY BEAUTY」の時も同じようなことを感じたなぁ・・・。
桃子@「VERY BEAUTY」
歌の中の桃子はなんだか幸せそうで。昔はちょっとでも桃子が幸せそうなオーラでもだしていようものなら「お前何やってんだよ」って感じで失笑したものだった。あの頃の桃子は橋のこっち側の汚い町で僕らと一緒に暮らしていた。橋の向こうの幸せそうな奴らと戦っていた。そして橋のこっち側の汚い町で僕らと一緒に死んでいくものだと思ってた。平穏さとは縁遠いこの町で生きていくものだと思っていた。もちろんいつまでも子供のように一緒に外をかけずり回って遊んだりすることはできない。それはわかってるんだけど。それでも最近感じる桃子のやさしいオーラを思うと、桃子は橋の向こうの町で幸せになるのが正しいような気がする。それは仕方のないことのような気がする。そして、もう橋のこっちの町には帰ってこないだろう。しかしいつのまに。いつのまにこんなことになってしまったんだろうか。ずっと前からだったんだろうか。自分が気がつかないフリをしていただけだったんだろうか。

「VERY BEAUTY」は良い歌だった。良い歌だったけど、なんとなく別れを感じさせる歌だった。桃子だけでなく、みんなとも別れを感じさせる歌だった。だからあまり聴かなかった。「ほんとのじぶん」は「VERY BEAUTY」ほどしみったれていないし、軽快で楽しい曲なので、ついつい聴いてしまう。そして、桃子のソロパートを聴くたびに寂しくなる。

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桃子@Buono!
なんてことを思ってたけど、こういう写真を見たりすると、やっぱこの女はバカだなぁと。お前に幸せなんざにあわねーよ!トチ狂ったキャラがお似合いだよ!もう猫かぶりはいいから、早く鞘に収めた刀を抜いて、触れるものみな切って切って切って切りまくって、返り血を浴びながら虚ろな目とかしてください!世界を革命するには、卵の殻を破らねばならないんだよ!こころのたまごを破壊して、ホントのじぶんを取り戻してください!さぁはやく!さぁ!さぁ!

先輩と後輩

夏のハローライブに行ってまいりました。日曜日の昼公演。

ここ1年半くらい、FCでのチケットの席が後ろのほうばっかりで、ホールライブとかだと20列より前ってのが珍しいくらいの状況がずーっと続いておりまして、今回はアリーナだったんですけど、ご多分に洩れずCブロックとステージからはかなり遠い(Dブロックとかの人もいるわけですが)席で、しょぼーんとしてたんですが・・・いざ自席に行ってみると、中央の花道から2列目!わーお!

ってな感じで、メインのステージはあんまり見えませんでしたが、花道とサブステージはよく見えました。恥ずかしいくらいに。なので、基本は目の前に来てくれた女の子と楽しませていただきました(あ、エッグの子はさすがに目の前にこられてもわからないのでごめんなさいして他の子見てました)。たぶんさゆが出てるライブでこんなにさゆをみなかったのは初めてだと思う。

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ということで、座席のおかげで面白かった部分の感想を。色々と面白かったことはあるのですが、ぶっちぎりはただひとつ、美勇伝「LET'S LIVE!」を美勇伝とキッズのみんなで歌っていたときのことです。なんと梨華っちが目の前に来てずーっと歌っていたんですが、パフォーマンスが面白い。他の女の子たちは、花道付近は客席が近いこともあって、なるべく色々な人の顔を見ようと(笑顔を振りまこうと)するものなんですけど、梨華っちは近場を凝視して、顔を左右に振らないどころか体の軸もずーっと正面を向いており、まるで僕(ら)と1対1の決闘しているかのように歌って踊ってました。梨華っちのパフォーマンスのスタイルがいつもこうなのかはわかりませんが、少なくともあの日は、"真剣勝負"がテーマだったんじゃないかなぁというくらいギラギラしていて格好良かった。これはこっちも負けられないと、一生懸命がんばりましたが、いかんせん梨華っちの顔があまりにもマジすぎて笑ってしまうのと、あまりにも距離が近すぎて恥ずかしいのとがミックスされた変な状態になり、ついつい何度も下を向いてはずかし笑いをしてしまいました。梨華っちに完敗。

そしてメインは次の瞬間。花道の反対側でも他のメンバー(キッズ)が歌っていて、梨華っちが反対側のメンバーとくるっと立ち位置を変えたんですが、それがなんと桃子で。梨華っちの裏から桃子が出てくるっていう、「トランプの裏表か!」っていう(もちろん格は違うけど)、それだけでもう爆笑モノなんですが、その瞬間が凄かった。今思い出すとちょっとどころかかなり感動します(んでもって爆笑もします)。たった一瞬、本当にたった一瞬なんですけど、梨華っちと桃子が立ち位置を変える瞬間、お互いがお互いを見る視線がとんでもなく素晴らしく美しかった(そして爆笑。この瞬間を大いに楽しめたのは、友人やWebから見聞きしていたお台場ガッタス公開練習での出来事を知ってるからというのが凄く大きい。知っててよかった)。あのアイコンタクトは、ハロプロの先輩後輩というのももちろんあるけれど、同じ釜の飯を食った戦友というか、志を同じくする人間同士の敬愛というか、そう、まさに、前に一度だけ引用したことがあるけど、サン=テグジュペリのこの台詞にぴったりな視線の絡み合いだった。

また経験はぼくらに教えてくれる、愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだと。ひと束ねの薪束の中に、いっしょに結ばれないかぎり、僚友はなく、同じ峰を目ざして至り着かないかぎり、僚友はないわけだ。


このときはお互い顔を見合っていたわけだけど、それは同じもの・同じ方向を見つめる目だった。つまり僚友だった。同じハロプロだしフットサルもしてるけど、グループが違うわけだからそんなに話をする機会もなかっただろうと思う。それでも、ただひとつ、ぶりっこ原理主義という思想のもと、この人たちは、ライバルであり戦友なのだ(さゆも含めて)。そして”既に分かり合っている”のだ。まさにその視線は、先輩後輩同士、ライバル同士、友達同士、女の子同士、・・・いろいろな要素が複雑に絡み合った、愛のある視線だった。美しかった(そしてくやしかった)。特に梨華っちは先輩でもあるから、桃子に対して優しく慈愛のある視線だった。この視線は梨華っちが娘。を卒業する直前にメンバーに降り注いでいた視線と同じだった。まさかダンで図々しくも梨華っちにライバル宣言をしたあの桃子が梨華っちからこんな優しい目で見てもらえる日が来るとは!ある意味感無量だった。

「こっち側はお前に任せたぜ!」とでも言われたつもりなのか、サイドを交換してこちら側にやってきた桃子は桃子節全快だった。過剰なかわいさの放出。ぶりっこという機関銃による一斉掃射。しかもこちら側の180度の全方向に対して。まさに桃子オンステージだった。僕ら側の戦友たちは、桃子の執拗な機銃掃射によってバタバタと倒れていった。僕は「みんな私のこと好きなんでしょ?」と勘違いしている桃子に「ここはお前のステージじゃねぇ!」と次長課長の河本よろしくツッコミたいというかひっぱたいてやりたかったけれど、桃子のあまりにも過剰すぎるプロフェッショナルな振る舞いに耐え切れず、何度も死んでしまった(笑い死にも含む)。死ぬのってこんなに気持ちよかったんだな・・・

それにしても桃子のかわいさの放出は異常だった。実際にかわいいかといわれるとそうでもないんだけど、「かわいいってこういうことだよねっ!」っていうとにかく根拠はわからないけれど凄い自信で言われてしまうと、そうだったかなぁと思わされてしまう迫力があった。そして間違いなくハローのライブの出演者の中で、1番かわいいオーラを"出して"いた(ちなみに1番かわいいオーラが"出て"いたのは小春。ぶっちぎりで。小春天才)。

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しかし、一騎当千のピンク至上主義の二人(梨華っちとさゆ)から桃子が同士として扱ってもらえる(僕が勝手にそう思ってるだけですが)なんてすごいと思う。だって、梨華っちもさゆも、内面がピンクであろうとしているだけじゃなくて、外面だって美しいけど、ほら、桃子は、その、あれじゃんねぇ。それでも惹かれあうなにかがあるってことなんだとは思うんだけど。

まぁとにもかくにも桃子とこの二人の先輩は相性がいいと思う(まぁまだまだ桃子が恩恵を受けることのほうが圧倒的に多いだろうけど)。ので、この組み合わせでユニット組むでもラジオでも何でもやってほしいなぁと思う。ほんとに。

負ける時もあるだろう 沈んでしまう時も

桃子の写真集を見た。
嗣永桃子写真集「momo」 嗣永桃子写真集「momo」
根本好伸 (2007/06/19)
ワニブックス

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表紙の黄色い衣装、黄色もなかなか似合ってる。表紙カバーをはずして、本当の本の表紙?を見る。白地にロゴだけ。ストイック。というか真実は単にお金の問題なんだろうけど、それでも桃子に「私はこんなニッチなせこいところで勝負しません!」と言われたような気がした。

中を見ていく。

ふつう、写真集といえば、どんな女の子もやっぱり、普段よりも2?3割はかわいく・きれいに・美しく見えるものだと思う。特にハローの場合はグループが多いから、一人でスポットライトを浴びる写真集ともなれば「いつもよりもかわいく(きれいに)」という本人の思いも自然と見えてくる気がする。あるいは、普段とは違う特別なシチュエーションのせいで、特別な洋服のせいで、特別な髪型のせいで、その女の子の今までは見えなかった魅力が感じ取れたりする気がする。のだけれど、桃子の場合は違った。いつもとかわらない、何も特別ではない、「桃子は桃子」とでも言うべき(造形的には美しくない、けれどもオーラのある)見慣れた桃子がそこにいて、「(写真集という晴れの舞台だからといって)神様は魔法をかけてくれなかったね」と(冷たく)言うこともできるけれど、むしろそれ(桃子が不変であること)が驚異に思えた。裏を返せば、桃子は普段から、他の子が写真集を撮られる時と同じくらいのエネルギーを放出することで、あのオーラを維持しているということだ(ろう)から。もちろん普段の桃子と違うなと感じるところもあった。決意というか気迫が違ったと思う。普段の桃子が、「私の魅力の120%をみんなに伝えたい」と考えているとすれば、写真集の桃子は150%、いや200%を伝えるべく、静かに燃えていた(残念ながらそれはかわいさや美しさの向上 - たとえ印象だけでも - には繋がっていなかったとは思うけど)。動ではなく湖のような静の波動に(そういう意味ではいつになく本気の桃子に)僕はなんだか圧倒されてしまった。もはやかわいいとか美しいとかそういった観点で見る「女の子の写真集」というよりも、戦う人間のエネルギーを封じ込めたドキュメント写真でも眺めているような気分になった。

桃子は何のために、誰のために、戦っているのだろうか。賢い子だから、目的はぶれずにいると思う。がんばる子だから、目的のためには道化にもなるし血も流すだろう。そのことを僕がとやかく言うことはできない。ただ、いつか彼女の願いがかなうといいなと、せめて今日だけは、一緒に祈りたい。

Appendix

shimmycap

shimmycap

緑偏愛者。3度の飯より緑が好き。その次に、ビールと宇宙とファンクが好き。

そして、彼女達が好き。

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