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おたんじょうびおめでとうございます

HappyBirthday!
HappyBirthday! posted by (C)shimmycap
















パッション感じちゃう ずっとずっと 一緒に E-CHA E-CHA
何百回とかチューしても 慣れないでいましょう

爆笑取ったら なんかちょっと 自慢げ WA-HA WA-HA
何百歳とかなったって ユーモアを 分け合おう

パッション感じちゃう なんか変な 出会いに KAN-SYA KAN-SYA
何とかかんとか 記念には サービスしてね

マンション買っちゃおう なんて想像 将来 ME-CHA ME-CHA
何百人とか親戚が 増えたって いいじゃない!

キャプテンの手ぬぐい

「あ、オレ、死んだな・・・」

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自分が死ぬって感じた瞬間、みなさんはありますか?この場合の「死」は、いわゆる老衰や病気等の「約束された死」ではなくて「突発的な死」、例えば、道を歩いていて、自転車に乗っていて、バイクや車を運転していて、事故に遭う瞬間、あるいは事故を起こしそうになった瞬間に感じるような「死」。実際に事故に遭うことはあまりないかもしれませんけれど、”起こしそうになった”ということも含めれば、「死んだ!」と思うような出来事に遭遇することも、そう珍しいことではないかもしれません。

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というわけで、ちょっと前に死にそうになった話です。本当に死ぬかと思った。というかまさしく「死んだ!」と思いました。冗談でなく死んでもおかしくありませんでした。おっと、「オレ死にそうになったことあるぜ!」っていう武勇伝的な話をしたいわけじゃないんです。お酒の席なんかで知人にはすでにこの話を何度かしてるんです。じゃあどうしていまさらわざわざそんな話の書き起こしを?そしてなんでmixiとかじゃなくて女の子ちゃんを礼賛するためのこの場で?実は、ほんちょっとではあるんですけれど、この事件が僕の大好きな女の子ちゃんに関係しておりまして、折角なので、記録に残しておこうかと・・・。そんなこんなで、当時を懐かしみつつ、書き起こしてみたいと思います。

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時は2008年年末、12月23日。場所は、ニュージーランドの南島・・・よりもさらに南に浮かぶ、スチュワート島。緯度は南緯45度程度。この島は、捕鯨基地としてかつて多くの移民が訪れましたが、現在の人口は少なく、島の大部分が国立公園に指定されております。野生のキウィ(果物じゃなくて、鳥の方。ニュージーランドの国鳥。ほとんどのエリアで絶滅寸前)に遭遇できる唯一の場所と言っても過言じゃないでしょう。事件は、会議室でも、車の中でもなく、この島にある伝統的なトラック、ノースウェストサーキット(全長125km)をトランピングしていたときに起こりました。

トランピングというのはいわゆる山歩きの事でして、登山とは過程は似ていても思想が違います。Wikipediaの説明がわかりやすかったので、以下に引用します。

トレッキング(trekking)は、山歩きのこと。ニュージーランドでは、トランピング(tramping)と呼ばれている。登頂を目指すことを主な目的としている登山に対し、トレッキングは特に山頂にはこだわらず山の中を歩くことを目的としている言葉。ただし、結果的に行動の過程で、山頂を通過することもある。ヨーロッパでは、アルプスの山々に登るには途中に岩場や氷河などがあり、ザイル、アイゼンなどの特殊な装備を必要とするため、それらを使用するものを登山と呼んでいるが、日本の夏山ではそのような装備がなくとも高山に登ることができるため、トレッキングと登山の境目ははっきりしなくなっている。そのため、日本では、軽登山をさす場合にも常用される。


というわけで、トランピングというと、なんか大変なコトしてきたんでしょ、とか言われたりすることが多いんですけど、簡単に言うと、景色が良くて起伏が激しくないところをちんたら歩く、そんな感じです。「よーし!がんばって頂上目指しちゃうぞ!」という思想とは正反対です。基本的にゆっくりでのんびりでちんたらなのです。なので、トランピングで死ぬことはないな、と思っていました。もちろん、滑落すれば死んじゃうような斜面に沿ったところを歩いたりすることもあるし、迷子になったり転んで怪我をして歩けなくなって低体温症で・・・ということもゼロではないでしょう。けれども、感覚として、トランピングって死んじゃうような遊びじゃないんです。なので、なめてた・・・わけじゃないんですけど、怪我はあっても死にはしないだろうなぁと思っておりました。

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さて、ノースウェストサーキット。トランピングって大変じゃないんだよーって言っておいて、こう言うのも何ですけれど、このトラックは体力的にかなり厳しかった・・・。ニュージーランドは泥の国と言われることがあるらしいのですが(映画「ピアノ・レッスン」を見るとよくわかるらしいです)、スチュワート島はまさに泥のメッカ。もう本当に酷い。この島の西側は年間降雨量が5000mmもあり、ほぼ毎日のように雨が降る豪雨地帯。僕がこのトラックを歩いた全11日間は(小雨をのぞけば)3〜4回くらいしか雨が降らず、非常に幸運だったんですけれど、それでもほとんどのトラックが泥。泥。泥。入山届けを出すときに「雨が降ったら腰より上くらいまで沈んだりするから気をつけてね!」なんておじいちゃんに言われたんだけど、奇跡的に数日続けて晴れてるのに、泥の状況は酷い。足首くらいの泥は全然かわいいほうで、酷いところだと、膝上くらいまで泥に沈んじゃう。足を泥から抜くのに体力がいる。やっとのことで片足が抜けたところで、バランスを崩して、その抜けた足を、すぐ目の前の泥の中に沈めてしまう。ひたすらその繰り返しで、全然前に進めない。自衛隊の訓練じゃないんだぞ・・・。

そんなこんなで、ひーひー言いつつも、もちろん景色だって楽しみながら(道ばたに野生のアザラシが寝っ転がってたりする(笑))、えっちらおっちら歩き続けて7日目。またもやあからさまな泥区間が出現。どうみても膝上くらいまで沈む雰囲気。こんなところ歩きたくない。迂回路はないモノだろうか?

こういう場合、トラックの両側は、たいてい林になっているんだけど、泥をさけてヤブの中に入っていくのは、それはそれで大変です。どうせ林の中も泥だらけだし、露出した根が泥で超絶滑るのでむしろ危険なくらい。でも、泥の中を歩くのもいい加減飽きた・・・。というわけで、泥と林のヘリの部分を歩くのはどうだろうか、という考えが浮かびました。もちろん、林のヘリの部分は、赤土が露出してつるっつるだし面積もほとんどないので、だれがどうみてもすぐに滑ってトラックに落ちるのは明白だけど、トラックはトラックでとんでもない泥なので、転ぶのはよろしくないけど、ずぼっと落ちるくらいなら怪我もしないだろうし、せいぜいレインパンツとザックが泥だらけになるだけっぽい。木をつかんだりしながら行けるところまで(つまりは落ちるまで)ヘリを歩いていけばよくない?落ちたらそこから泥の中を歩けばいいんじゃない?そんな風に考えていた時期が私にもありました。そして、ヘリに向かって、滑らないように、慎重に、第一歩目を踏み出したんですが・・・

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見事に、本当に見事に、第一歩目で滑りました。笑ってしまいました。何歩行けるかな、半分くらいいけるかな、なんて皮算用していたんですが、いきなり!一歩目で!

しかし、「はぁ、やっぱり泥の中を歩く運命なんだなぁ」、なんて思ったのもつかの間、滑った瞬間に、目の前(足下)にあるモノがあることに気付いてしまいました。木です。細い木です。太さは親指くらい。細い細い木です。そして、その木は、切られていました。いや、もしかすると、偶然に折れていたのかもしれません。切られていたとして、何のために切られていたのかも良く分かりません。トラックを作るときに、歩きやすいように邪魔な木を切ったのか、そうでないのか・・・。とにかく、木は、地面(ヘリ)から30センチくらいのところで、切っ先をとがらせていました。トラックはヘリからさらに30〜50センチは下で、このままヘリの方に倒れ込みながらトラックに落ちていく途中、このとがった木の上に僕の体が覆い被さります。というよりも、そのとがった木は、完全に僕ののどの真下にありました。確実にのどに刺さります。そう、横浜に行ったらいいビルで塩たこ焼きを食べるのと同じくらい確実!にのどに刺さりそうでした。「死んだ」と思った瞬間でした。

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不思議なモノで、「死んだ」と思った瞬間、世界はスローモーションになった。

ああ、世界がゆっくりに見えるって本当だったんだぁ。とがった木がゆっくりと近づいてくるのが見えるけど、やっぱりどう考えてものどに刺さるなぁ。それにしても、もしもトランピングで死ぬとしたら、滑落死だと思っていたけど、意外な方法で死んだなぁ。ところで、のどに木が刺さったらすぐに死ぬんだろうか、それともある程度は生きていて、血がのどの中に溜まって窒息死とかそんな感じなのかな。まぁどっちでもいい。どんなに都合良く解釈しても、僕は確実に死ぬだろう。今日は僕より後から歩き始めたドイツ人のカップルがいたから、とりあえず僕のカラダは発見してもらえそうだけど、発見してもらったところでどうなる?たぶん無線を持って歩いている人なんていないだろうし、町まで普通に歩いていくとあと3〜4日かかるはずだし・・・。

せっかく最後にささやかな時間をもらっても、意識はなぜか妙に醒めていて、頭の中で考えることは妙にリアルで、自分のアパートが火事になったときもそうだったけど、たとえばキャプテンの笑顔だとか、大好きな女の子のことだとか、そういうステキなことなんか、これっぽっちも思い浮かんでこなくて、自分が死んだら遺体はどうなるんだろうなんて、死んでしまえば本当にどうでもいいような現実のことを、終了してしまう現実のことを、意味もなく心配してしまった。せめて最後の瞬間くらい、楽しいことを思い出しても罰は当たらないと思うんだけど、どうしてなんだろう。

そんなふうに、まさに杞憂で頭がいっぱいのまま、終わりの時間は近づいてくる。当然だけど、スローモーションの時間は永遠じゃない。アキレスだってちゃんとカメに追いつく。気がつけば、もうほんとうに目前にとがった木が見えて、ほんとうのほんとうのほんとうに「死んだ」と思った。

そして。

*****

もちろん僕は死なずにすんで、今こうしてパソコンに向かって駄文を書き殴っているんだけど、その時、やっぱり僕は激しいのどの痛みで気がついた。

痛い。

苦しい。

呼吸が出来ない。

そもそも今自分がどんな状態なのか、どんな体勢なのか、さっぱりわからない。でも、なんかちょっと、想像していた痛みと違う。鈍痛はあるものの、もっと、枝がのどに突き刺さって、文字通り突き刺さるような痛みを感じるのかと思ったんだけど、どっちかというと、首を絞められているような、首つり自殺でもしているような・・・???

苦しみながらのどに手をやったときに、自分が今どうなっているかわかった。どういう状態なのかわかった。顔の横を見ると、”それ”が見えた。僕はなんとか腕を持ち上げて見えない木を探り当て、チョップをかまし、”それ”をはずして、泥の中に倒れ込んだ。

しみしみあいしてる

”それ”は手ぬぐいだった。Berryz工房の手ぬぐいだった。キャプテンの手ぬぐいだった。

確かに、とがった木が顔に近づいてくるときに、白くてひらひらしたものがチラッと視界をかすめた気はした。キャプテンの手ぬぐいだったのだ。

僕は普段、このキャプテンの手ぬぐいを首にむすんで歩いていた。この日もいつもと同じく、キャプテンの手ぬぐいを首にむすんで歩いていた。おそらく、結んだ手ぬぐいの先端が、ひらひらした部分が、僕ののどよりも先に木に触れて、木にひっかかって、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけど、木の先端の向きが変わったんだろう。おかげで、僕はその木にのどから倒れ込んでぶつけはしたものの、木の先端の一番危ないところはキャプテンの手ぬぐいが引き受けてくれたおかげで、のどに刺さることはなかった。そして、僕はそのまま倒れ込んで、泥のトラックに滑り落ちた。その際、木の先端に刺さって引っかかった手ぬぐいに首をつられるような形になった。もしもカメラをまわして一部始終を撮影していたならば、きっとそんな記録が残っているんじゃないだろうか。

とにかく、死ななかった。キャプテンの手ぬぐいのおかげで。

*****

落ち着きを取り戻した僕は、バックパックを背負いなおし、キャプテンの手ぬぐいをいつものように首に結びなおして、泥と格闘しながら歩を進めた。歩きながら、バックパックの中に入っている、1枚だけニュージーランドに持ってきた写真を思い浮かべたけれど、案の定ここの泥は膝の上まで沈んでしまうような酷い有様で、感謝の気持ちを捧げる余裕もなかった。そんなわけで、いまさらなんだけど・・・・・

しみしみあいしてる
キャプテンありがとう。

Appendix

shimmycap

shimmycap

緑偏愛者。3度の飯より緑が好き。その次に、ビールと宇宙とファンクが好き。

そして、彼女達が好き。

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詳しいプロフィール
しみしんどろーむ(tumblr)

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